嘘吐きを作るのは嘘吐きという指摘かもしれない


 弟がかなりの嘘吐きなんですが、前に大きい嘘を吐いて、結構な大事になってしまって、それからずーっと、事あるごとに嘘吐きを叱責されています。でも、いくら言われても改善しないように思います。何故だろう、と考えていました。
 第一に、元々持っている倫理観的に、嘘を吐くことにあまり抵抗を感じない質だから、という可能性。
 第二に、これが、僕が一番尤もらしいと思う考えなんですが、彼の嘘を僕らが叱ることによって、ますます嘘吐きになっているから、という可能性。
 A氏とその他の人間が存在し、他者がA氏の失敗や矛盾などを指摘したとします。その時、ただ単に体裁を保つための意味で、A氏が嘘を吐いたとします。
 ここで重要なのは、他者が存在しなければ、嘘を吐く必要もなかった、という点です。他者からの圧力によって、嘘を吐きやすい状況が作られてしまったわけです。
 そうすると、場の圧力と、それによって発生した体裁を保ちたいという単純な欲求から、嘘へと誘導されたA氏は、いずれその嘘について叱責を受けることになります。この過程を繰り返すと、この経験は、A氏の自己認識と他者のA氏に対する認識の両方に影響を与え、「A氏は嘘吐きだ」という共通認識が生成されてしまいます。
 そうすると、A氏にとって嘘を吐くことの心理的ハードルは下がります(≒開き直り)。なので、嘘を吐きやすくなります。こうして、嘘を吐くことと、それをA氏や他者が認識することを繰り返すことによって、より一層「嘘吐き」というA氏のアイデンティティが強化されてしまうのではないか、と考えました。
 だから、共通認識を崩し、A氏の自己認識を変えさせるという意味で「信じる=必要以上に誠実であることの圧力をかけない」というのは、とても大事なことかもしれません。