Bくんの行動がなぜ正しいか


 しいさんのエントリから始まって僕が茶々を入れた後で、khuludさんのエントリなどを読みつつ、更に思ったことを書いてみます。今更ですが。っていうかレポートが終わらなくてヤバい中なのですが。ドMですが。




 前エントリではどっちが悪いかという消極的側面で述べてみましたが、今度は逆に、Bくんの行動がなぜ積極的に肯定できるのか、を述べたいと思います。それは、ここで要らぬ気遣いをせずにズバっと自分の好き嫌いを表明することで、後々に生じうる問題を回避しているからです。


 もしBくんが何も言わず受け取って感謝して、後々何かの拍子でBくんが猫嫌いだと判明したとしましょう。些細な一言でキレてしまう直情的なAくんのことです。彼はそれを知って恐らくものすごい自己嫌悪をするでしょう。
「なんのリサーチもせずあげてしまった。自分はなんてダメな人間なんだ。それに比べてBくんは、そんなことおくびにも出さずに受け取ってくれた。なんてイイ奴なんだ。こんなダメな奴があんなイイ奴と付き合っていていいはずがない。自分はうんこたれだ。死んだ方がいい。」
Aくんはそう言って自殺してしまうでしょう。Bくんはそれを予見していたのです。非常に頭のキレるBくんは、「悪気もなく、さらっと言ったつもり」を装って猫嫌いを表明しました。いわば自分が悪者になって、Aくんの自殺を回避したのです。さらには、それによって生じるBくん自身の精神的ダメージをも回避したのです。


 思いやりとは、相手を喜ばせることでは必ずしもありません。自分を大事にするとは、自分を気持ち良い状態にすることでは必ずしもありません。Bくんは、Aくんとの友情を犠牲にしても、Aくんの尊い命を救ったのです。ああ下らねえ。