経済は感情で動く―はじめての行動経済学/マッテオ・モッテルリーニ/評価:2.5


 本書では、従来の経済学が仮定する人間の合理性に対し疑問を投げかけ、(社会)心理学や脳科学などの知見を取り入れた新しい経済学である「行動経済学」や「神経経済学」を紹介しています。たとえば従来の経済学では、人からもらった1万円も汗水流して働いて得た1万円は同じ価値ですが、我々の感覚ではそうではありません。こうしたことの観測によって従来の経済学のモデルに修正を加えるわけです。
 人間が意思決定に際して陥る種々のバイアスを、例題を読者に解かせる形で体感できるようになっており、なかなか楽しく読める本です。




 しかし気になるのは、あまりに「経済学プギャー」な視点で書かれているため、この本を読んだ人は「なるほど従来の経済学は役立たずなのだな」と勘違いするのではなかろうか、ということです。僕は、経済のあるべき姿を模索する学問という意味で従来の経済学は依然その価値を失っていないと思います。選択されるべき合理的な決定を知っていながら、感情に流されて非合理的決定をしてしまうのと、望ましい選択肢を知らずに非合理的決定をしてしまうのとでは全然違うと思います。
 それと、本書で紹介されている「期待効用理論」は全くの間違いだよ、ということを書きますが、ここからは若干ムツカシイ話になるのでたたみます。
 本書の間違っている部分を引用します。

問19
あなたは次の2つのうちから選ぶとする。

  • A.4000円がもらえる確率が20%か、何ももらえないか。
  • B.1600円がもらえる確率が40%か、何ももらえないか。

さてどちらを選びますか?
(中略)期待効用は効用と賞金を得る確率をかけあわせて出す。したがってAの場合は、U(4000円)×0.2(20%)でU(800円)になる。Bの場合はU(1600円)×0.4でU(640円)になる。だから、Aを選べば期待効用を最大限に利用できるわけである。
※taiyaki註:ここでU(x)は効用関数

 期待効用仮説とは、「人間は自分の期待効用を最大化するような選択をする」という仮定であって、「期待値を最大化するような選択をする」わけではないのです。
 経済学で効用関数は、人間のリスクへの好みに応じて"U=x"とか"U=√x"という風に設定します。上の例で、たとえばU=x*1とおいたならば、U(4000)=4000,U(1600)=1600ですから、期待効用は

  • A:4000×0.2=800
  • B:1600×0.4=640

となりますが、U=√x*2とおいた場合には、

  • A:√4000×0.2=4√10≒12.64
  • B:√1600×0.4=16

という風に計算します。なので、リスク中立的な人ならば上の例のようにAを選ぶと期待効用を最大化できますが、リスク回避的な人はBのほうを好むということになります。
 こんな、学部生でも知ってる基礎のレベルで間違ってる人が、はたしてどれだけ従来の経済学を正しく捉えているのか疑問です。このような誤解を招くという意味で評価は2.5にしました。

*1:このような効用関数を持つ人をリスク中立的といいます

*2:このような効用関数を持つ人をリスク回避的といいます